Greeting
ご挨拶
田中サッシュ工業株式会社は2020年5月1日をもちまして、創立100周年を迎えることができました。
一世紀の永きにわたり会社が存続できましたのは、お得意先や取引先および協力会社などの皆様のご支援・ご鞭撻のおかげであるとともに、当社の発展のためにご尽力された、諸先輩方や従業員とその家族の皆さんのご努力の賜物であると、感謝いたしお礼を申し上げます。
当社は1920年5月に横浜で建築金物の販売を開始しました。その後、金属製建具の製造販売を行い、仙台、新潟、大阪、福岡に各々営業所を設けて、拡販に努め、拡大する販売量に対応するため、新潟工場を設置いたしました。最近は、海外にもその範囲を広げ、中国の杭州市に高度化する設計業務に合わせて、設計会社を擁するまでに成長することができました。
これまでの100年は建設業界に主軸を置き、金属製建具の製造販売に特化してまいりました。金属製建具業界の中で当社も順調に業績を伸ばしてきており、今後も基本的な事業の方向性は変わりませんが、時代の変化はますます大きく速くなっております。当社といたしましても従来の金属製建具の製造販売にとどまらず、海外にも裾野を広げ、時代が求める付加価値の高い安全安心な製品を開発するとともに、幅広い製品の提案ができる組織づくりに努めてまいります。
海外の金属製建具は各地域特有の風土や文化の中で発展してきており、その地域に合わせた製品開発こそが、今後海外での製造販売を支えてくれるものと確信しております。
創立100周年をひとつの契機として、次なる目標に向かい精進し邁進する所存です。お得様をはじめ、皆様のあたたかいご支援、ご鞭撻を今後ともよろしくお願い申し上げます。
田中サッシュ工業株式会社
小松 進
Presidents
歴代社長
初代社長
田中 里之助
二代目社長
内田 広文
三代目社長
田中 長之助
四代目社長
東田 誠之
History
わが社と社会のあゆみ
1920年[大正9年]~1923年[大正12年]
当社の歴史スタート
田中営業所創立
スチールサッシュの夜明け
田中製鉄所と関東大震災
1924年[大正13年]~1936年[昭和11年]
大正から昭和へ
二つの機械で町工場の先端を切る
1937年[昭和12年]~1945年[昭和20年]
戦火を越えて
初代の逝去で内田広文が2代目に就任
合資会社として再出発
1945年[昭和20年]~1950年[昭和25年]
焼け跡からの復興
1951年[昭和26年]~1955年[昭和30年]
株式会社として
事業の本格化
1956年[昭和31年]~1960年[昭和35年]
業務拡大、3,000坪の
上永谷工場へ移転
1961年[昭和36年]~1964年[昭和39年]
高度経済成長のうねりの中で
1961年 [昭和36年]
統合上永谷工場本格始動
1964年 [昭和39年]
東京オリンピックと人材育成
1965年[昭和40年]~1969年[昭和44年]
皇居新宮殿と
タナックドアの開発
1965年 [昭和40年]
東京オリンピック後の景気冷え込みの中で
1968年 [昭和43年]
軽量スチールドア「タナック」を開発
1970年[昭和45年]~1974年[昭和49年]
石油ショックを乗り越え
設計事務所の信頼を得る
1970年 [昭和45年]
アルミ時代の到来の流れに棹さして
1975年[昭和50年]~1978年[昭和53年]
本社工場移転
上永谷から鳥浜へ
1975年 [昭和50年]
のどかな上永谷工場/社バスが結ぶ駅と工場
1979年[昭和54年]~1984年[昭和59年]
鳥浜工場で
新たな体制スタート
1985年[昭和60年]~1989年[平成元年]
東田社長就任
生産性の向上を目指す
1988年 [昭和63年]
先進的設備導入で生産性向上を目指す
1990年[平成2年]~1994年[平成6年]
新潟工場が操業開始
タナファイアの生産・販売スタート
1993年 [平成5年]
新潟工場が完成し操業開始
1995年[平成7年]~1999年[平成11年]
タナファイアで
平成不況を乗り切る
1997年 [平成9年]
NHKと共同で防音ドアの開発を進める
2000年[平成12年]~2004年[平成16年]
新世紀とともに
動き出す事業
2005年[平成17年]~2009年[平成21年]
耐震偽装問題の波紋が
住宅不況に拍車
スタジオ扉のシリーズ
2010年[平成22年]~2014年[平成26年]
不調の時代からの
脱却・業績回復の予感
2015年[平成27年]~2019年[令和元年]
中国と共同歩調で
国際化・多様化進展
2017年 [平成29年]
新製品も加わって受注好調
2019年 [令和元年]
令和始まり、新時代へ
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